藤咲和也インタビュー by JUN

〜はじめに(経緯を兼ねて)〜

 

「その不確かさについて語ってみてはどうだろう?

藤咲和也にそう提案した。

 

誰かが『やりたい。』と言ってることに

水を差すことは基本的に好まないし、

できる限り、そういった阻害をしないように在りたいと思う。

 

ただし、心に揺れのない『これがしたい。』は

(あつかましくも)少し気になってしまう。

(自分自身にもいえる。)

 

 

「本当にやりたい?」

 

 

誰かが体動なしに、ある事をやりたいと言っている。

じゃあ、そこには何があるのか。

 

 

本原稿は

藤咲和也への2時間半にわたるインタビューを文字起こしし、

編集をかけたものです。

 

インタビューの内容は、

個展の話から制作、

イタリア行きについてと

とても幅広いものになりました。

 

あまり編集できる時間はなかったけれど、

できる限り何度も聞き書きを繰り返し、

あの場にあったものを共有できるように心がけたつもりです。

少し読みにくい箇所もあるかもしれませんが、

そこはご容赦ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の個展をやろうって決めたのは7月頭くらいで

ちょうど暑くなってきた頃でさ、

で、かましたくなって来たんだよね。

夏!やっちゃうっしょ!みたいな。

 

8月に伊勢丹での催事が入っていたから

自分(個人の)作品作りは置いといて

「FLINEのほうに注意向けなきゃなー」

て思ってたんだけど

自分の心は個人のアウトプットも

めちゃくちゃしたくなって来ててさ

FLINEの時はあんまり

そういう作品作りじゃないっていうのもあって

ちょっと自分の心のニーズと合ってないなぁ。

って思ってて。

 

で、

ゴメと話してて

やっちゃえばよくね?ってなって

じゃあやるか!みたいな。

それでやることを決めたのが始まり。

 

ー”心のニーズと合わない”っていうのは、また表現形態が違うってこと?

 

FLINEの時は、

「俺がかますぜ!」ってよりも

ベースをしっかり作ることに徹するってことが大きくて…

 

ー本当に(物理的にも)ベースだもんね。

 

そうそうそうそう。

”いかにきっちり作るか”のほうにパワーを使う。 

 

個人の方は

仮にきっちりしてなくても

例えば、ぬいぐるみみたいなやつとか

”めちゃくちゃやってOK”なところもあるから

そういうことをしたいっていうのがあったんだよね。

 

ー『個人として表現したいこと』と、『FLINEでやること』は結構違う?

 

うん。アイデンティティが変わってる。

 

ーFLINEの時はどんな感じなの?

 

FLINEの時は真面目って感じ。

真面目さがプラスに働く状況であるって感じかな。

でも、個人の作品作っている時は

真面目さがあまりプラスに働かない感じがするから

不真面目な性格をインストールするみたいな感じがある。

 

やっぱり自分一人で完結させるのと、

三人で最後までいくって全然やることが違うから。

 

俺一人で全部やりたいっていう

自己顕示欲みたいなものがすごいあったね。

ビーチバレーでいうと、スパイクを俺が打ちたいぜ!みたいな。

トスとかレシーブじゃないんだよね。

 

ー個展っていうもの自体はどういう場なの?和也にとって

 

個展ってやっぱ空間を作り出すことがひとつすごく大事で…

 

ーえ、作品重視だと思ってた。

 

なるほど。

 

ー出来上がった作品を並べるのが個展。

ただ、並べる状況において初めて空間性を意識して

空間もよくなったらいいね、みたいな

 

俺からすると空間を作りたいけど

お客さんからしたら商品が良い方がいいじゃん

っていうのがあるから

そこはずらしたらいけないとは思うんだけど。

 

やっぱりなんていうか…

空間に入れる行為がしたいんだよね。

例えば、誰かにバッグを良いと思ってもらって

買ってもらって、持ってもらう。

それもバッグが放ってる空間に入れるみたいな感じするじゃん。

 

ーん~…和也が開いている地場みたいなものに人が参加してくるってこと?

 

いや、それもあるんだけど…

箱があって、その箱を一人で埋める行為がしたい。

 

FLINEで展示をするとなると、三人の空間なんだよね。どうしても。

それで来てもらって「いいですね」って言ってくれるのも

すごくうれしいけど

それを100%フルで俺だぜっていうのがやりたい。

から、自己顕示欲しかないっていう。笑

 

で、

なぜそれがやりたいかというと

理解された感が嬉しいっていうのがある。

 

 

ーそれさ、理解されないかも?とか思わない?

僕はすごいあるんだよ。

写真撮って、これ誰も理解しないだろうなって。

 

 

あるけど、

それは理解しない人はセンスがないと思っちゃう。笑

もしくは、方向性が違うからそこは追わないって思ってて

 

で、

俺が作品作るときに一番大事にしているのが

自分が欲しいかどうか考えて作ってて、

俺がまず欲しいわけだから

それに似てるセンスの人が一定数はいるはずで

そこは大丈夫だと思ってる。

 

ー自分が欲しいって思えるものを作れるってこと?

僕は写真撮ってても

自分でこれはいい!っていうのが

すごい少ない。ほぼない。

 

それはなんで?

 

ーなんでかな?センスがないからかなと思ってる。

 

センスって言っちゃうとわかんないけどさ、

俺は一番最初のカバン作った時点で

俺が欲しいから作ったっていうのがスタートだから

 

ーそれは欲しいものが頭の中にビジュアルとしてあるわけでしょ?

具現化する前にイマジネーションの世界で作ることができて

それを後は縫うなりの具体的な行為で具現化してるよね?

だからその欲しいものが完璧にイメージできるということ?

 

うん。

 

ーそれがちょっと異常っていうか、僕はできない。

いやこれみんなできんのかな?

 

だってさ、そういう行為を常にしてない?

例えば、雑誌とか見ながら「このファッションいいな」とか。

それと一緒だなって思う。

頭の中に図はあるじゃん

雑誌見てる感じでデザインしてるみたいなところはある。

 

ー僕は雑誌見ててもそこまで明確に思ってないかもな…

「いいな」とかは思うけど

なんか向こう側にある感じ。

この紙面の、このモデルで成立してるなって感じで

 

(体を前のめりにして、雑誌と顔面をくっつける動きをしながら)

俺はもうねこんな感じ!

 

俺むっちゃ高いのは作りたくなってきちゃうっていうか

レザーのバックとか高いじゃん?

だから買えねーじゃんってなってて

特に昔は。

だから作れるなら作るっしょと思ってて

 

ーそれでよく同じクオリティのものが作れると思ったね。

僕はエルメスのバッグ30万ですって見ても

それはエルメスの職人が作ったレベルであって

自分には一生かかっても作れないって思っちゃう。

 

それはね。勘違い。笑

俺の壮絶な。笑

いけるっしょ!みたいな。

あと最初は友達が作ってたから

ある程度形にできちゃうんだなっていうのはあったね。

 

ーなるほど。

 

友人が作ってるの見て

「いけるんだな」って勝手に思ってた。笑

あれはね、世界中のみんなもいけるんだなってくらいに思ってた。

だからすごい入りが良かった。

 

ー理解されないんじゃないかって話だったね。

 

あ、そうそう。

で、理解されるされないは、結構大事なところ。

 

俺の場合は

そもそも理解されてないから表現したいって思ってて

そもそも俺が理解されてないから

してもらいたいっていうのがあって

それが何かっていうと

内側が理解されてない感じが常にあるから俺の場合は

前提として。

特に「こういうこといいよね」が共有できてない感がめっちゃあって

 

ー誰と?

 

いや、

みなさまと。世界中の。

ずれてるっていうか、マッチングが上手くいってないっていう感じだね。

だって普通に見てたらさ、内側に何が入ってるかなんてわかんないじゃん人間

だからそれを外に出さないとわかってもらえないから

 

ーあ、コミュニケーションってこと?

 

そう。コミュニケーションのため!

だから自分が欲しくて作って、

いつのまにかコミュニケーションしたいという

二次的な思いも付いてきた。

 

ーそれはいつからそういう風に?

 

一発目のカバンを作ったときに

フェイスブックにアップしたり、

それを持って人に会ったりしたときに

めっちゃそれについて話がはずんだんだよね。

「なんでこうしたの?」とか

「めっちゃいいじゃん!」とか

めっちゃ会話が生まれるから。その中で。

それですね。

 

ーじゃあ結構早い段階で

 

そう。今思えばその時だけど、当時はそうは思ってない。

当時は「なんかこれあるとめっちゃ話が盛り上がるな!」って思ってて

初対面の人ととでも

カバンがあればめっちゃ話せるし

向こうが革好きだったりするとめっちゃ会話弾むし

淳君と俺みたいにすでに知り合いだったとしても

カバンを通して結構しゃべれたりとか

 

後から気づいたことだけどね。これは。

 

自分が欲しくて作ったけど

コミュニケーションツールじゃね?って。

 

だから個展やると

内側を見てもらえるって感じ。

 

 

 

 

 

 

ーイタリアには?行くの?

 

ん~。。

イタリア行きが完全な決断かどうか

自分でもわからない感じがあるんだよね。

まぁここのままここにいるよりは良いかな。

 

正直、

むっちゃ心の底から行きたい!

ってわけではないんだよ。

クラウドファンディングで資金集めしようと思ったんだけど、

そんな状態だからなかなか腰重いし。

でもなにかアクションしたほうが良さそうだなって気はしている。

 

ーそれは、どうして?

 

ひとつは、

今回の個展で結構”出し切った感”あって、

基本的に俺は

インプットとアウトプットを繰り返しながら

成長するって思ってるから、

次は大きなインプットしたいっていうのがある。

 

あと、

最近、向かう先がわからなくなってて

自分としてはちょっと怖いというか、

やばい感じ。

 

今20代後半で、

余裕ぶっこくと

簡単に30を通り過ぎてしまうんじゃないかって。

そういう恐怖感みたいなものもあるし。

 

だから、平塚にいて作業しとくんじゃなくて、動きたい。

 

それで

インプットなら

「海外のエッセンスかな?」というのが浮かんで

(多分それはゴメとかズールの影響も大きいと思うんだけど。)

どこでもよかったけど

イタリアが一番ラスボスっぽいからさ。

 

レザーやってるし、

美術とかもイタリアだし。

そういうのもあって

イタリアって選択肢が上がってきてる。

ステレオタイプなのかな。。

 

イタリア行ったらいい感じするじゃん?

イタリア行ったら

なんかいいもの入ってきそうだし

自分にないものが入ってきたり

作品作る技術も上がる気がする。

 

あとはあまり見たことない革製品のデザインも見れるかも。

 

街並みとかはどうでもいいね。

 

自分の中にヨーロッパ要素が少ないから

”あえて、行く”っていうのは面白いんじゃないかって。

とかって、考えてんだけど。。。

 

「ハートはなんと言ってるんですか?」と、

自分に問いたい。笑

 

ー衝動みたいなものがない?

 

んー、ない!

ないね!

ぶっちゃけ、ない!

 

ー一緒にいても全然イタリア行きたい臭がしないもん。笑

国は違うけど、ネイティブアメリカンみたいなエリアは?

 

それは好き。笑

 

あとは、ニュージーランドとか

オーストラリアのパースのほうとか。

そういう「自然!」

みたいなのに触れたいっていうのはすごいある。

そういうところでテント泊したい。

 

ーテント泊。笑

 

そこら辺けっこう興味あって

昔からアボリジニのドットアートとかすごい好きだし

アメリカの先住民が作ったアイテム系はまじでイケてて

モチーフが太陽とか月とか岩とかって超やばいっしょ

 

あとは、前にニューヨーク行った時に

そういうネイティブな要素を

すごく繊細にまとめあげている作品があって

それすごいかっこよかったんだよね。

 

すんげぇでかい自然崇拝みたいなものを、

繊細なセンスで現代版としてアウトプットしてる感じね。

 

そういうものにもっと出会いたいし、

もっと言うと

その源泉にも触れれたら最高だね。

 

自分の人生を色々考え始めた頃に

「行けずに死ねるか」っていう本を読んでさ。

自転車で世界中を旅する話なんだけど

その本の一番最初に

アラスカからカナダ、アメリカって旅する話があって

カヌーで川下りながら、鮭釣りまくって、イクラやばすぎる!!

みたいな話があるんだけど

そんなんも超やりたい!

 

そういう自然にめっちゃ触れる旅をしたいなっていうのはある。

 

何にも持たずに自然の中に入っていきたいんだよね。

 

あとはサンタフェあたりに

アーティストのめっちゃ集まる地域あるじゃん?

あそことかも行きたいね。

アーティスト同士で作品交換したりとか

超いいよね!

 

 

 

 

 

ボルテージが上がってきたところで

時間が来て、インタビューは終了。

 

最終的な結論のようなものは

本記事内にはないし、

当然インタビューの最中にもなかった。

 

なので、そこは和也の今後の行動に預ける事とする。

 

決められた時間の中で結論を出さないといけないこともあるけれど

この手の事は無理やり着地させても

どうせ後で再考するに決まっている。

 

決まるまで決めないのが良い場合もある。

 

 

 

藤咲和也は

”暑くなってきたから”という理由で

個展を開催を決めるような男で、

はっきり言ってしまうと論理的ではない。

彼に論理を求めてもしょうがないという気にすらさせられる。

(そしてそれは大事なことだと思う。)

 

彼は言葉を使って言葉的でないことを語っている。

イメージ。音、リズム。

 

ということで、

今回のインタビューはここまで。

 

また折をみて彼の思索の変化を追ってゆきたい。

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